ilyaのノート

いつかどこかでだれかのために。

ノート:宇井純『公害原論II』(亜紀書房)/経済学と公害

宇井純『公害原論 II』(亜紀書房, 1971年)。
▽同書 pp. 267-269、「〈第12回 1971.3.16〉 VI 技術的対策」から。

■経済学者のおめでたさ
 ついでに〔公害対策に効果的なのは〕補助金か、罰則か、というふうな議論が最近経済学誌やあるいは『中央公論』などにしばしば見受けられるようになりました。これは経済学の理論ですけれども、やはりここで一つ答を出しておこうと思います。
 この補助金か、罰金か、どういう経済的な刺激が一番良いかといいますのは、実はタネを明かしますと、去年〔1970年〕の三月の公害国際シンポジウム*1で出てきた議論でありまして、その時に配られた論文を人から借りて、コピーをとって、それをハサミとノリで切り貼りしているのが日本の経済学者の大部分です。というのは、私はたまたまそこに出ていたのですから。いわゆる近代経済学者では東大の宇沢教授*2一人しかその会場に出ていなかったことを知っております*3。ですから宇沢さんから報告を借りて、それを切り貼りして翻訳したものがいま『経済セミナー』とか、『中央公論』とか、あるいは『東洋経済』の別冊とかに出ている論文でして、もとが全部わかっています。しかもあそこに集まった学者は、討論よりもむしろ有益だったのは見学であって、見学の現場では「われわれの理論は役に立たないことを痛感した」とみんな異口同音に言っています。そうしますと、日本の経済学者の大部分は見学に同行しなかったので、実はかれら〔来日した経済学者たち〕自身が反省したことを知らないのではなかろうか。
 だからこそレオンチェフ〔Wassily Leontief〕とカップ〔Karl William Kapp〕を適当につなぎ合わせることができるのであって、レオンチェフも富士へ行ったとき「これは犯罪だ」と言いましたし、カップも「こんなひどいことがこの世の中にありうるのか。これでは自分の理論はどうにも適用できない」と言っていましたし、ゴールドマン〔Marshall Irwin. Goldman〕*4は「よくぞ革命が起こらんものだ」とあきれていました(笑声)。そっちの議論の方は抜きにしまして、シンポジウムに出た論文だけを切り貼りしたって、それは日本の現状にとっては何の役にも立たない。
 そこで、かつて私がお話ししたと思いますが、やはり公害問題でカタカナが出てきたら、それはレオンチェフカップであれ、マルクスレーニンであれ、みんなおかしいというか、あてにならないという原則がここでもあてはまる。こういったくだらん議論は公害の現場へ行かないからできるんでありまして、足尾なり、富士なり、水俣なりへ行けば、もちろんそういった議論は全然できなくなるんですが……。
 補助金か、罰金か、ということについて一言だけ答を出しておこうと思います。補助金というのは、税金で公害防止の設備にカネを出すやり方です。これは一定比率制度で出て行きますから、デカイものを作るほど、あるいは汚いものを初めからながしている者ほど得になります。補助金として受け取る側にも得になります。
 補助金か、罰金か、という議論が出たのはジュディーというカナダの経済学者*5、――アメリカから来ていましたが、――かれの論文からきておりまして、いくつかの経済的方法を悪い方から良い方へ並べてあるのですが、一番悪いのは何だ、といったら賄賂だというんです。「公害へ表へ出さないようにしたらカネをやるから何とかしてくれ」と言って賄賂を贈る。


▽参考:
 →▼宇井純 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E4%BA%95%E7%B4%94
 
 →▼月刊基礎知識 from 現代用語の基礎知識 http://www.jiyu.co.jp/GN/cdv/backnumber/200305/topics01/topic01_03.html
▽「◆国際公害シンポジウム東京宣言*6/ 本誌1971年版収録。以下、/ 『1970年3月12日、東京で、国際的社会科学者*7が人間の環境を第一義的に考え、公害を追放する宣言を発表。<1> 公害は人災であり、犯罪であり、したがって決して「不可避的に」起こるものではない。<2> 公害のない環境を享受する基本的権利を人間は主張しなければならない。<3> 経済発展のテンポがたとえ遅れても公害なき環境を実現しなければならない、などがそれである。つまり、経済先行主義に汚染された現代管理社会への批判を明快にした宣言である。今後この宣言が具体的に定着することによって公害のない社会の実現が期待されている。』」

 →▼国際社会科学委員会|ATOMICA(原子力百科事典)|一般財団法人 高度情報科学技術研究機構 http://www.rist.or.jp/atomica/dic/dic_detail.php?Dic_Key=2588
 →▼JEC 日本環境会議|日本環境会議(JEC)30年余の歩み(略年表)*8 http://www.einap.org/jec/sono/ayumi-tab.html

 →▼国際社会科学評議会と東京宣言(1970年)〔2009年01月25日〕|児玉克哉のブログ「希望開発」 http://blog.livedoor.jp/cdim/archives/51737385.html
▽「日本とはほとんど縁のないように思えた国際社会科学評議会*9ですが、実は1970年には日本で、世界的にも注目されるシンポジウムが国際社会科学評議会の主催のもとに行われていました。1970年3月に国際社会科学評議会環境研究部会は、都留重人氏を中心にして公害に関する国際シンポジウムを開催します。その時、日本で初めて環境権というコンセプトが出されたとされます。そのシンポジウムで出された「東京宣言」は、「環境を享受する権利と、将来世代へ現代世代が残すべき自然資源をあずかる権利を、基本的人権の一種として、法体系の中に確立することを要請する」と高らかにうたっています。/ 〔※略〕」

 →▼都留重人名誉教授追悼展示 都留重人−経済思想と交友|一橋大学附属図書館 http://www.lib.hit-u.ac.jp/service/tenji/tsurushigeto.html
▽「・公害関係 東京にて公害国際シンポジウム開催(1970)*10/ ・26 東京決議 原稿(英語版・日本語版)*11/同案内状(日本語) 昭和44年12月13日/ ・27 『Proceedings of international symposium : Environmental disruption』 March 1970, Tokyo*12 *13 (表紙漫画 by Leontief:Cartoon by Prof. Wassily Leontief) 公害国際シンポジウムの報告書/ ・28 [手書き原稿] 同レオンチェフによる直筆漫画原稿/ ・29 [写真] 公害国際シンポジウム(1970.3)参加者一同 附人名コピー/ ・30 [手書き原稿] 『公害研究』7巻4号(1978) 自筆漫画原稿」


 →▼カール・ウィリアム カップとは - コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0+%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97-1619953
▽「■20世紀西洋人名事典の解説/ カール・ウィリアム カップ Karl William Kapp / 1910.10.27 - 1976.4.10/ 米国の経済学者。ケーニヒスベルグ(ドイツ)生まれ。1937年ナチスの迫害のためロー夫人とともに米国へ亡命、帰化。'53年から65年までニューヨーク市立大学で教授となる。その後スイスに渡り、'67年から'71年までバーゼル大学教授を務める。「私的企業と社会的費用―現代資本主義における公害の問題」('50年)では、生産力の拡大と技術の進歩の裏に人体の損傷や、森林荒廃、農地侵食が進む事とを懸念し、私企業の利益追求によって増大する社会的費用に着目した新社会経済学の樹立を提唱。'70年東京で開かれた国際公害シンポジュウム*14では、日本の環境破壊の深刻さを指摘。」


▽▽文献:
 →▼PDF:Q&A 産業連関表で地球環境問題を分析できますか?(木地孝之)〔1998.10〕*15 *16J-STAGE https://www.jstage.jst.go.jp/article/papaios/8/3/8_73/_pdf
 →▼公害問題への産業連関論的アプローチ--レオンチェフの方法について--(井原健雄)〔1971.3〕*17香川大学学術情報リポジトリ http://shark.lib.kagawa-u.ac.jp/kuir/detail/152420120327035236
 →▼CiNii 論文 - 公害とヒューマン・エコロジー : レオンチェフ来日,環境学会結成等によせて(学界展望)(岡田真)〔1971.3〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/110006992499

*1:この「公害国際シンポジウム」はおそらく、1970年3月開催の「環境破壊に関する国際シンポジウム」(国際社会科学委員会 International Social Science Council 主催)を指す。

*2:シンポジウムに出席していた「東大の宇沢教授」は、おそらく宇沢弘文 東京大学教授(数理経済学)を指す。1964年・シカゴ大学経済学部教授、1968年・東大経済学部助教授、1969年・同教授。 →▼宇沢弘文 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E6%B2%A2%E5%BC%98%E6%96%87 →▼宇沢弘文先生は、今でも、ぼくにとってのたった一人の「本物の経済学者」〔2014-09-28〕|hiroyukikojimaの日記 http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20140928/1411891840

*3:当該シンポジウムの企画に携わった都留重人も出席していたと思われるが不詳。

*4:シンポジウムの報告書 p. 171-189に、Marshall I. Goldmanの次の報告が見える。 →▼Environmental disruption in the Soviet Union - EconBiz https://www.econbiz.de/Record/environmental-disruption-in-the-soviet-union-goldman-marshall/10003562066 また、著書に『ソ連における環境汚染 :進歩が何を与えたか』(都留重人監訳、原著1972年)がある。 →▼マーシャル・ゴールドマン - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3

*5:ジュディー、不詳。教示を乞う。

*6:「国際公害シンポジウム」は、「環境破壊に関する国際シンポジウム」を指す。

*7:「国際的社会科学者」は、「国際社会科学委員会 ISSC」を指す。

*8:年表中に次の記述がある。「■<日本環境環境会議(JEC)発足以前>/ 〔※略〕/ ・1970年3月/国際社会科学評議会主催「環境破壊に関する東京シンポジウム」(於・東京)開催(「環境権」の確立を提唱)。」

*9:「国際社会科学評議会」は、国際社会科学委員会International Social Science Council (ISSC) に同じ。

*10:「公害国際シンポジウム開催(1970)」は、「環境破壊に関する国際シンポジウム」の開催を指す。

*11:「東京決議」は「環境破壊に関する国際シンポジウム」で決議された「東京宣言」を指す。

*12:当該報告書はWikipedia日本語版の「都留重人」項の著書(編著)に、「・Environmental Disruption: Proceedings of International Symposium, March, 1970, Tokyo, (International Social Science Council,1970).」として見える。 →▼都留重人Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E7%95%99%E9%87%8D%E4%BA%BA#.E7.B7.A8.E8.91.97

*13:都留重人編著のシンポジウム報告書の収録論文(の一部?)として次の検索結果。 →▼Search Results - "Proceedings of International Symposium Environmental Disruption" - EconBiz https://www.econbiz.de/Search/Results?lookfor=%22Proceedings+of+International+Symposium+Environmental+Disruption%22&type=AllFields&submit=Search&limit=50&sort=relevance

*14:「'70年東京で開かれた国際公害シンポジュウム」は、「環境破壊に関する国際シンポジウム」を指す。

*15:木地孝之論文(「産業連関」Vol.8, No.3掲載)に次の記述がある。「最初に環境分析用産業連関表を提案したのはレオンチェフでした。1970年に,東京でアジア等12カ国の著名な社会学者を集めて開催された「国際公害シンポジウム」でレオンチェフは,「公害の波及過程と経済構造 − 投入産出分析による接近」と題する講演を行い注目を集めました。この時,レオンチェフが提案した公害分析用産業連関表の考え方は第1図の通りです。」

*16:木地論文PDFは次のJ-STAGEページで提供されている。 →▼産業連関(環太平洋産業連関分析学会)|産業連関 Vol.8(1997-1999) No.3 https://www.jstage.jst.go.jp/browse/papaios/8/3/_contents/-char/ja/

*17:井原健雄論文に次の註がある。「4)この会議〔「環境破壊に関する国際シンポジウム」1970年3月〕に通訳として列席され レオンチェフ教授による報告〔「公害の波及過程と経済構造(投入産出分析による接近)」〕のレジュメを送付して下さった,現在デリ一大学講師の A. Radlra Krishan〔「A. Radha Krishan」の誤植か?〕に対し,ここに厚く謝意を表明したい。その後,レオンチェフ論文は数学附録を一部補充され,最終的には次の文献に収録されている。Wassily Leontief, “ENVIRONMENTAL REPERCUSSIONS AND THE ECONOMIC STRUCTURE : AN INPUT-OUTPUT APPROACH", The Review of Economics and Statistics〔MIT Press〕, (1970) pp.262-271 参照。」 収録は、The Review of Economics and Statistics Vol. 52, No. 3 (Aug., 1970), pp. 262-271。 →▼Environmental Repercussions and the Economic Structure: An Input-Output Approach on JSTOR http://www.jstor.org/stable/1926294