ilyaのノート

いつかどこかでだれかのために。

「口蹄疫」についてのノート(その二)

▽「口蹄疫」についてのwebクリップ。病気としての、また発生がもたらす各種の影響。
▼総説 口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について〔村上洋介, 1997年〕|動物衛生研究所NIAH
http://www.niah.affrc.go.jp/disease/FMD/sousetsu1997.html
人獣共通感染症連続講座 第116回追加 口蹄疫との共生〔山内一也, 2001/04/24〕|日本獣医学会
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/05_byouki/prion/pf116.htm


▼総説 口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について〔村上洋介, 1997年〕|動物衛生研究所NIAH
http://www.niah.affrc.go.jp/disease/FMD/sousetsu1997.html
「村上洋介 〔元〕農林水産省家畜衛生試験場 ウイルス病研究部病原ウイルス研究室長」「(山口獣医学雑誌. 24, p.1-26(1997) / 日獣会誌〔日本獣医師会雑誌〕. 53, p.257-277(2000)に転載)」
▽――口蹄疫について総論しており、一読の価値あり。文献表も充実。初出誌また転載誌の性格からして記述の信頼性も高いと考えられる。ただし、1997年初出であり、2000年の日本での口蹄疫発生以前のサーベイである。
口蹄疫による致死率は,幼畜では高率で時に50%を越えることがあるが,成畜では一般に低く数%程度である。しかし,ウイルスの伝染力が通常のウイルスに類を見ないほど激しく,加えて発病後に生じる発育障害,運動障害及び泌乳障害などによって家畜は産業動物としての価値を失うために,直接的な経済被害はきわめて大きいものとなる。さらに一度発生すると,国あるいは地域ごとに厳しい生畜と畜産物の移動制限が課せられるため,畜産物の国際流通にも影響が大きく,間接的に生じる社会経済的な被害は甚大なものとなる。このため,国際獣疫事務局(OIE)は,本病を最も重要な家畜の伝染病(リストA疾病)に位置付けている〔文献〕41,87)。わが国でも本病は家畜の法定伝染病に指定され,その防疫は「海外悪性伝染病防疫要領」(農林水産省畜産局長通達,昭和50年9月16日付,一部改正昭和51年7月5日)に基づいて実施することになっている。」――口蹄疫の発生がなにをもたらすか。
口蹄疫ウイルスには,相互にワクチンが全く効かない O,A,C,Asia1,SAT1,SAT2及びSAT3 の7種類のタイプ(血清型)がある。さらに同一タイプ内にも,部分的にしかワクチン効果が期待できない,従来はサブタイプ(亜型)と呼ばれていた多数の免疫型が存在する。しかも,ウイルス抗原は変異を起こしやすくワクチンのみでは本病の根絶は困難である。さらに,反芻獣が〔ワクチンで〕免疫を獲得した後 長期間持続感染するキャリア化する問題もあって,現在ほとんどの先進国は,本病に対して移動制限と殺処分方式により防疫を図り常在化を防ぐことを防疫の基本方針にしている。」――口蹄疫ワクチンには限定的な効果しか期待できない。ワクチンによる口蹄疫の根絶はほぼ不可能であるらしい。
「一方,日本では今世紀初頭に発生があったが,島国という地理的な条件に恵まれて,幸いにその後約1世紀近くの間は発生を経験していない。しかしながら,近年近隣国に発生が続き,畜産物輸入量も年々増加していることから,わが国でも口蹄疫など海外伝染病の発生動向に無関心ではいられない情勢にある。」――論文初出から3年を経て、日本での口蹄疫発生が確認されてしまう。
口蹄疫ウイルスは,動物ウイルスの中でも最も深く研究が進められたウイルスのひとつである。口蹄疫ウイルスの分子生物学的解説は他の総説に譲ることとし〔文献〕100),本総説では,口蹄疫ウイルスの生物学的性状に重点を置き,口蹄疫の病性,診断,防疫についての現状を概説する。」
2. 疫学」「3) 伝播/ 潜伏期及び発病期の感染動物は,口蹄疫が発生後蔓延する際の主要な感染源になる。とくに,感染動物は病変形成前からウイルスを排出するので大きな問題となる。主な家畜の潜伏期間は,牛6.2日,豚10.6日及びめん羊9.0日である〔文献〕19)。潜伏期間は感染ウイルス量が多いと短かく,少ないと長くなる傾向があり,自然例では必ずしも一定していない。〔感染した〕各家畜はいずれも水疱形成前からウイルスを排出する。その期間は水疱が出現する前の1〜5日(牛),2〜10日(豚),0〜5日(めん羊)といわれる(表3)。とくに,豚の潜伏期間は長く,その間にウイルスを排出するので問題となる。さらに,豚のウイルス排出量は,ウイルス株により差があるが,一般に牛などの反芻獣に比較して100倍〜2,000倍多く,高濃度のウイルスをエアロゾルの状態で気道から排出する 〔文献〕37,38,115)。」「このことから,口蹄疫ウイルスの感染疫学において,牛を detector(検出動物),豚を amplifier(増幅動物)とみなす概念がある〔文献〕68)。このように,豚は本病の蔓延にきわめて重要な役割を果たしている。豚の飼養密度が高い地域に発生すると,地域のウイルス汚染度が高まり,空気伝播や風による伝播が起こりやすくなって,防疫が困難になるとの指摘がある〔文献〕76)。」――感染した動物は、症状が出始める前(潜伏期)からウイルス放出を開始し、汚染源となってしまう。また豚への感染は、口蹄疫の感染爆発に強く影響する。
「このほか,発病動物の口や蹄に形成される水疱や乳汁にも多量のウイルスが含まれ,糞尿にもウイルスが排出される。感染動物が排出したウイルスは畜舎や農場内を汚染し,直接あるいは間接的な接触伝播を起こす。牛乳には水疱形成の平均4日前からウイルスが排出されるため,潜伏期に搾乳した牛乳は口蹄疫の汚染源になり得る。〔中略〕 現在通常実施されているHTSTやUHTによる牛乳の滅菌方法は口蹄疫ウイルスを完全には不活化しない〔文献〕15,25,35)。このため,口蹄疫が発生した際に大量に生じる汚染牛乳の処分方法が問題になる。」「犬,猫,鶏,ネズミ,野鳥などの非感受性動物による機械的伝播,汚染された飼育器具,機材,飼料,人,車両などを介した間接的な伝播も多い(表3)。」――畜産に関係するものすべてがウイルスの媒介物となる。潜伏期(すなわち口蹄疫に気づけない期間)に採取された乳製品も口蹄疫伝播をもたらす(しかも滅菌は難しい)。その処分方法も問題となる。
口蹄疫ウイルスは,陸上では60km,海上では250kmもの距離を風で伝播すると指摘されている〔文献〕51,87)。〔中略〕 しかし,口蹄疫ウイルスの風による伝播には,高湿度,短日照時間,低気温等の一定の気象条件が必要である〔文献〕59)。そのうち,とくに湿度はウイルスの自然環境での生残に重要で,湿度60%以上ではウイルスは数時間は生残して,風による伝播を助長する〔文献〕87)。最近では,風による伝播要因の解析が進み,感染動物種とそれらの推定ウイルス排泄量(殺処分までの期間を含む),飼養施設数,気象観測データ,地域の地理特性などをもとに,疫学シュミレーションで半径10km程度の範囲でウイルスの蔓延を予測し,防疫活動に役立てる試みが行われている〔文献〕83)。」「口蹄疫ウイルスの国際伝播では,感染家畜,汚染農・畜産物の流通,船舶や航空機の汚染厨芥,風や人,鳥によって物理的に運ばれるものなど原因は様々である。過去627例の世界の口蹄疫発生原因を解析した米国農務省の報告によると〔文献〕87)〔1994年刊〕口蹄疫の初発原因は,汚染畜産物と厨芥が最も多く(66%),次いで風や野鳥(22%),感染家畜の輸入(6%),汚染資材と人(4%),不活化不充分なワクチン(3%)及び野生動物(<1%)となっている(表4)。」――感染伝播には種々の要因と条件がある。初発の原因としては、汚染畜産物および厨芥の移動がもっとも可能性が高いと考えられている。飼料や肥料などか。
「感染動物はウイルス血症を起こすため,皮膚,臓器,筋肉,血液,リンパ節,骨などすべての組織にウイルスが含まれ感染源となる〔文献〕24,56,71,72,115)。〔中略〕 牛の例では,リンパ節,骨髄,血餅中のウイルスは,4℃では3〜7ヶ月間不活化されていない〔文献〕71)。また,実験感染豚を用いて塩漬乾燥調理したハム,ベーコン,ハム脂肪及び付属骨髄には,ウイルスはそれぞれ182日,190日,183日,89日間生残する〔文献〕78,81,88)(表5及び表6)。」――感染動物のあらゆる部位にウイルスが存在し、加工調理した畜産製品にもウイルスは生き残ってしまう。すなわち伝播の媒介物となりうる。
2. 疫学」「4) キャリアー/ 牛,羊,山羊,水牛,シカなどの反芻獣では感染耐過後またはワクチン接種後の感染で,免疫を獲得した状態でウイルスが食道や咽頭部位に長期間持続感染するキャリアー化の現象が認められる〔文献〕3,4,18,27,48,49,95,117,119)牛ではキャリアー状態が感染後 2.5年間持続した例があり,キャリアー動物が感染源になった発生事例もみられている〔文献〕30,117)。このため臨床症状を示さないキャリアーの存在は口蹄疫の防疫上大きな障害になる。キャリアー動物におけるウイルスの増殖部位は,咽頭粘膜,扁桃咽頭部,軟口蓋,食道前部などで〔文献〕18,19),表7に示したように,回収ウイルスには遺伝学的にも生物学的にもその性状に変化がみられる〔文献〕50,108,117)。」「なお,1992年に行われた口蹄疫のキャリアーに関する欧州委員会の統一見解は以下の通りである〔文献〕95)。〔中略〕 5)キャリアー動物が感受性家畜へウイルスを伝播したという実験的確証は乏しいが,キャリアー動物が口蹄疫の発生に関与したという野外例が確認されており,移動などのストレスがキャリアー動物からの伝播を促進すると考えられる。 6)キャリアー動物の輸入は,ワクチン接種を実施していない清浄国にとって大きなリスクとなる。」――ワクチン使用が孕む危険。ワクチン接種後も、感染した動物はウイルスを長期間保持し、放出し続ける(口蹄疫キャリアー)。だが、ワクチン接種後の動物は口蹄疫の諸症状を示さず、口蹄疫の有無を診断できないため防疫上きわめて危険(逆にいえば、それを理由に清浄国は非清浄国からの畜産物輸入を制限できる)。また、ワクチン接種すると、それに影響されて口蹄疫ウイルスは変化してしまう。
「これ〔水牛、牛、羊、山羊、シカ〕に対して,豚はキャリアーにならないとする見方が一般的である。」「このように口蹄疫のキャリアーは反芻獣にみられるが,豚属にはみられない。その原因やキャリアー化の機序そのものは現在のところ判明していない。」
3. 臨床症状」「1) 牛の症状/ 牛の潜伏期は平均約6日であるが,前述したように潜伏期間は感染ウイルス量によって異なる。この潜伏期をおいて通常,発熱,流涎,跛行などの症状がみられる。乳牛では発病前から泌乳量が減少するので,最初は乳量の減少で異常に気付くことが多い。〔略〕 蹄部の水疱は細菌の2次感染を受けやすく,趾間腐爛と間違えやすい。こうした水疱も短期間の内に上皮が剥離し,潰瘍やび爛に移行する。幼牛は心筋炎により高い死亡率を示すが,一般の牛の死亡率は低い。しかし,乳牛,肉牛のいずれも運動障害と採食困難に陥り,産業動物としての生産性は著しく低下し,廃用になるものも多い。」「2) 豚の症状/ 豚の潜伏期も感染ウイルス量によって異なる。豚では,最初に発熱(40.5℃以上),食欲不振及び嗜眠がみられる。さらに,鼻鏡や鼻腔の皮膚粘膜,舌,口唇,歯齦,咽頭,口蓋などの粘膜と蹄部に水疱が出現する。〔中略〕 また,舌や口腔粘膜の水疱も顕著で,重症例では採食,採水障害を起こし,こうした運動障害は,豚の体重減少,脱水,衰弱などを招き,生産性は著しく低下する。また,事例は少ないが妊娠豚は流産することがある。清浄国などで免疫を全く持たない場合の感染率は100%に近い。致死率は,通常5%未満であるが,新生豚では心筋炎を起こしやすく,その致死率は50%以上に及ぶ〔文献〕58,115,118)。」――口蹄疫に感染した幼牛・幼豚の致死率は50%を超える。成牛・成豚の死亡率は低いが、畜産品としての産業価値は著しく低下する。また、他の病気への二次感染の問題もある。
3. 臨床症状」「3) 類症鑑別/ 口蹄疫とよく似た伝染病として,豚では豚水疱病,水疱性口炎,水疱疹及び豚痘などのウイルス病がある。また,牛では,牛伝染性鼻気管炎,牛ウイルス性下痢・粘膜病,ブルータング,趾間腐爛などの類似疾病も一見 口蹄疫に似た症状を示すので注意する必要がある。なお,豚水疱病や水疱性口炎は口蹄疫と同様にわが国には発生がなく,いずれも臨床的に口蹄疫と区別が出来ない。これらの水疱性疾病が発見された場合には,口蹄疫を想定した対応が必要で,最終的には後述する実験室内検査を実施する必要がある。」――初期発見の障碍。
5. 診断」「1) 世界の口蹄疫診断の現状/ 口蹄疫の発生は畜産物の国際流通に多大の影響を及ぼす。このため,各国が検疫検査に使用する診断手法を統一する必要があって,材料の採取,輸送,検査手法はOIEによってマニュアル化されている〔文献〕41)。わが国を含めて各国はこの診断マニュアルに準じた診断方法を採用している。またOIE加盟国には,診断が確定すると国際機関と関連国に対して迅速な通報義務が課せられており,その後関連国との間で防疫のため種々の国境措置が取られることになる。したがって,口蹄疫の診断は各国とも国家レベルで実施することになっている。また,迅速な国内防疫を図るためには,単に口蹄疫であることを診断したのみでは意味がない。タイプの決定,ワクチン株との関係,清浄化対策など迅速な防疫に不可欠な様々な診断手法が必要になる。その中には,各国で実施できる段階のものもあれば,国際機関との連携が必要になるものもある。さらに,口蹄疫ウイルスの抗原は変異を起こしやすく,地域的にみればかつて流行の主流であったウイルスが消える一方で,新しい抗原性状を示すウイルスが絶えず出現している。このため,地球規模の診断体制が必要で,OIE と国連食糧農業機関(FAO)は,World Reference Laboratory for Foot-and-Mouth Disease(以下 口蹄疫WRLと略;英国家畜衛生研究所のPirbright Laboratory内に設置)を置くとともに,各地域にRegional Reference Laboratory for foot-and-mouth disease(以下 口蹄疫RRLと略)を指定して,その診断業務を分担している〔文献〕41)。〔中略〕 分離株間の近縁関係はワクチン株の選択と流行疫学の把握に重要であることから,英国に設置されている口蹄疫WRLでは,ほぼ世界全地域の流行株について,抗原型と遺伝子型の双方の解析を担当しその情報を世界に提供している〔文献〕41)。」
5. 診断」「2) 日本における口蹄疫の診断/ わが国は口蹄疫のワクチンを使用していない清浄国である。従って,ワクチン接種を行っている地域で問題になるキャリアー動物の問題はなくウイルスの隠蔽(masked infection)は起こらないことを前提に感染動物や発病動物の摘発を行う口蹄疫を疑う疾病が発生した場合には,水疱病変の分布や形状などの臨床観察のほか,本病が最も伝染しやすい疾病であることを念頭において,同居家畜,農場内及び周辺農場への伝播状況などの疫学的状況を正確に把握する必要がある。また,患畜は病変形成の前からウイルスを排泄するので,発生農場を中心に数週間前からの家畜の出荷先と導入元を正確に把握して追跡調査を実施する必要がある。口蹄疫の伝播は速く,対応が遅れると被害が広域に及び被害が増大するので,効果的な防疫対策をとるには疾病の摘発から診断までを迅速に実施する必要がある。日本における口蹄疫の診断は,「海外悪性伝染病防疫要領」に基づいて実施する。病性鑑定材料の採材と運搬方法も,この要領に細かく記載されている。また,口蹄疫の実験室内診断は,わが国では農林水産省家畜衛生試験場 海外病研究部(東京都小平市)の高度封じ込め施設内で安全に実施するように定められている。」――日本は口蹄疫ワクチンを使用しておらず、キャリアー動物は存在しない(つまり臨床症状を示さない感染動物はいない)という前提で防疫体制が組まれている。なお、この時点における日本の口蹄疫診断システムは、現実にはかなりの困難を抱えていたらしい。「人獣共通感染症 第96回 宮崎で発生した口蹄疫〔山内一也, 2000/04/19〕」を参照。
口蹄疫を疑う疾病が発生したときには,まず最寄りの家畜保健衛生所あるいは役場等に通報する。また,報告を受けたこれらの機関は速やかに農林水産省に通報する。病性鑑定材料の採取と運搬に先立っては農林水産省と協議する。」「口蹄疫ウイルスは酸性や塩基性で容易に不活化されるので,保存液のpHは7.2〜7.6の間に厳密に調製する。保存液には,滅菌した1/25Mリン酸緩衝液に等量のグリセリンを混ぜたものを使用する。〔中略〕 病性鑑定材料を保存液を満たした容器に入れ,密栓したのち,表面を4%炭酸ソーダ液等で消毒する。破損や水漏れのないように2重包装して,凍結させないように冷蔵保存して運搬する。また,血液も採取して水疱材料と同様に冷蔵保存で運搬する。運搬には,上記の要領に従い連絡員が持参するが,空輸等最も迅速な方法を用いる。」――口蹄疫ウイルスの運搬方法まで詳細に規定されている。
6. 免疫とワクチン」「1) 感染免疫/ 口蹄疫ウイルスのひとつのタイプに感染耐過した動物は,そのタイプに対して感染防御するが異なるタイプに対しては感染防御しない。牛の実験では,感染耐過すると中和抗体と感染防御能は 4.5年〜5.5年間持続する。感染防御能は主に液性免疫に依存し,その免疫応答もタイプやサブタイプに特異的である。」「3) ワクチン株の選択/ 口蹄疫が発生しワクチンを使用する必要が生じた場合は無論のことであるが,ワクチンを使用していない清浄国においても不測の事態を想定したワクチンの備蓄や,後述するワクチンバンクへの加盟といった対策がとられる。その際,野外株とワクチン株との抗原性状の関係がワクチンの効果にきわめて重要になる。このため,予測される流行株あるいは発生時の分離株の抗原性状が,ワクチン株との関係で前述したr1値をもとに解析される。」
6. 免疫とワクチン」「4) ワクチンの種類と応用/ 口蹄疫のワクチンは不活化ワクチンである。歴史的には一時 弱毒株生ワクチンを検討した時期があった。しかし,このウイルスの性質上病原性の復帰という決定的な問題が避けられないことが判明したため,この試みは直ちに中止されている〔文献〕61)。不活化ワクチンにも歴史的に多種類の製法がある〔文献〕68)。」「通常ワクチンを使用していない口蹄疫清浄国では,ワクチン接種動物のキャリアー化やウイルス抗原の変異などの問題があるため,本病の発生に対しては殺処分方式を基本とする防疫が行われる。しかし,〔a〕こうした清浄国でも発生時に一時的に蔓延防止を目的とするワクチン接種が必要になる場合がある。一方,〔b〕発生国や発生地域では全面的あるいは段階的に疾病防除を目的とするワクチン接種を実施している。前者〔a〕は戦略ワクチンと呼ばれ〔文献〕36,61),清浄国に発生した場合に発生地を中心に防疫帯を作り蔓延防止を図るために使用される。一方,後者〔b〕は予防ワクチンと呼ばれ,発生国や発生地域で疾病予防に使用されている。また,従来戦略ワクチンの接種は主に牛を対象にしてきた。しかし,飼養密度が高く,個体のウイルス排出量も多いために,発生時の防疫上問題になる豚を優先的にワクチン接種の対象家畜にする必要性も生じている〔文献〕76,111)。戦略ワクチンのひとつとして,高度精製不活化抗原を液体窒素に凍結保存し,発生時に適切なアジュバントを加えて緊急に製品化する,いわゆるワクチンバンクが世界的に普及しつつある。」――口蹄疫清浄国における戦略ワクチン(防疫帯の生成)と、常在国における予防ワクチン。
7. 防疫」「1) 国際的な防疫体制/ 口蹄疫は国境を越えて蔓延し,発生国に社会・経済的規模の被害を及ぼす恐れのある伝染病である。そのため,現在国連FAOやOIEなどの国際機関が中心になって,口蹄疫の防疫活動が世界各地域で展開されている。とくに,OIEは,畜産物の国際流通における本病の重要性から,口蹄疫をはじめとする重要な家畜伝染病に関する国際衛生規則(国際家畜衛生コード)を定めている〔文献〕85)。国際協調と規制緩和を目標に発足した世界貿易機関WTO)のSPS協定(衛生措置)が発効してからは,この規則は畜産物の国際流通に特別大きな意味を持つようになっている〔文献〕116,120)。この規則のうち口蹄疫に関しては,国や地域にあてはめられる口蹄疫清浄度区分とその基準,境界措置及び清浄化への条件などが詳細に規定されており,その規定に従って畜産物の貿易が行われる。万一,清浄国で口蹄疫が発生した際にも,再び清浄国に復帰するまでには,ワクチン接種や殺処分方式の有無,ワクチン接種動物の淘汰,広域サーベイランス体制の実施など,採用した防疫手法によって異なる条件を守る義務が加盟国に課せられている。また,各国は発生時の防疫の理論と実践及び問題点を検討し,独自の防疫マニュアルを準備している〔文献〕5,52,92,93,94)。」
7. 防疫」「2) 日本の防疫/ わが国はOIEの口蹄疫清浄度区分でも最も高い清浄度に位置付けられている。このため,国際家畜衛生規則による輸入相手国の口蹄疫清浄度に応じて,農畜産物輸入禁止,条件輸入などの制限措置を講じ,その清浄度を維持している。また,同時に関連法規に基づいて厳重な検疫体制が敷かれている。しかし,万一わが国で口蹄疫が発生した場合には,家畜伝染病予防法(法律第166号,昭和26年5月31日)並びに「海外悪性伝染病防疫要領」などの関連法規に基づき,移動制限と殺処分方式を基本とする防疫措置がとられる。病性決定までの措置や決定後の措置などもこの防疫要領に定められている。/ それによると,患畜及び疑似患畜はすべて殺処分と埋却あるいは焼却する。疑似患畜には,患畜と同居する感受性動物の全てと,口蹄疫の伝播において発生農場と関係のある飼養施設の感受性動物全てが対象になる。口蹄疫の伝播はきわめて早いので,発生した場合に最も重要なことは,可能な限り早期に発見して,発生農場の家畜を移動禁止とし,病性が決定したら早急に殺処分して,蔓延防止を図る。汚染飼料,畜舎及び汚染の可能性のある全ての器具,資材も消毒または焼却する。発生時に防疫資材として使用する消毒液には,安価で大量に調達できる確実な消毒液が望ましく,2%苛性ソーダや4%炭酸ソーダ(いずれも工業用で可)などが適している。一方,蔓延防止のために発生地を中心にした段階的な移動制限措置がとられる。患畜と疑似患畜の所在する発生地では,48時間を越えない範囲で通行遮断が実施できることになっている。また,発生地から半径20Km以内を汚染地とし,最終発生例の措置後3週間までの範囲で牛や豚など感受性家畜の移動を禁止,家畜市場や食肉センター等を閉鎖する。さらに,発生地から半径50Km以内を警戒地域とし,初発後3週間以内の範囲で牛,豚,緬山羊などの感受性家畜の域外への移動を禁止する。こうした蔓延防止措置はきわめて重要かつ有効であるが,その実施に当たっては綿密な追跡調査の結果に基づいて実施される必要がある。」
ワクチンの使用は国が必要と判断した場合にのみ指示によって使用することができる。このため,わが国では不測の事態に備えて近年の流行株の抗原性状を勘案してワクチンが備蓄されている。しかし,上述したように口蹄疫ワクチンは不活化ワクチンで,その効果は,例えば豚では豚コレラワクチンの様〔よう〕に優れたものではない。また,ワクチン製造に用いているウイルスの抗原性が,流行株と同一である確率は理論的には低く著しく異なる場合には効果がないか,あっても弱いので感染を阻止できないという問題や,ワクチンによる免疫成立までに日数を要するなどの問題がある。さらに前述したように,免疫持続期間が比較的短いこと,幼獣の免疫応答が弱いこと,ワクチン接種後の抗原変異や移行抗体の問題など多くの問題もある。また,ワクチン接種しない清浄国の地位を保つことが〔で〕,畜産物の国際競争力を維持できるという経済的な理由もある〔文献〕61)このため,ほとんどの先進国では口蹄疫の発生があった場合にも迅速な殺処分を防疫の柱とし,ワクチンの使用は,発生が多く殺処分のみでは防疫が間に合わない場合に一時的に地域を限定して蔓延を防止する,いわゆる周辺ワクチネーション(戦略ワクチン)を実施することにしている〔文献〕5,36,87,94)。この方法は,清浄国に復帰するまでの期間を短縮し,その経過を容易にするためでもある。さらに,ワクチンを接種した動物は,ウイルスの感染を隠すため,接種動物は移動を禁止して発生が終息した時点で淘汰する方法がとられる〔文献〕85)。このため,防疫のためであってもワクチンを使用した際には,OIEは清浄国への復帰条件として病原並びに血清学的な全国調査を義務付けている〔文献〕85)。こうした事態に備えてすでに家畜の個体識別制度を導入した国や地域もある〔文献〕36)。このように,清浄国で発生時の緊急防疫のために使用するワクチンは,OIEが国際衛生規則で定めている清浄国への復帰条件を見据えて使用されるべきものである。」――ワクチン使用は(清浄国にとっては)最後の手段であり、日本では政府による決定が必要。また、そもそも口蹄疫ワクチンの効果は高いとは言えない。ワクチンを使用しない口蹄疫清浄国の地位が、日本畜産業の国際競争力を保護している。
おわりに/ 口蹄疫には,伝染力が強い,宿主域が広い,早期発見が難しい,及び,ワクチン効果に限界があるなどの防疫上の基本的な問題があり,世界の畜産業にとって,輸出国,輸入国のいずれの立場でも,最も重要な家畜伝染病に位置付けられている。このため,農産物の流通を著しく制約する口蹄疫に対しては,汚染地域では周辺国との協力で広域の清浄化計画が進行中であるとともに,清浄地域では周辺国あるいは経済圏単位で共通の防疫対策がとられている。一方,わが国は世界でも最大級の畜産物輸入国であると同時に,国際的には依然相当数の飼養家畜を有する畜産国でもある。こうした状況下で,口蹄疫が侵入,蔓延して防疫に手間取るような最悪の事態を想定すれば,国内畜産業は多大の直接的な経済被害を受けるばかりでなく,現在〔日本への輸入を〕制限されている地域の畜産物との内外価格差を考慮すると,わが国の畜産業全体が極めて厳しい立場におかれる恐れがあるワクチンを使用しない完全な口蹄疫清浄国の立場を保つことが,国内畜産業の安定の前提になっている。従って,万一本病が発生した場合にも,被害を最小限にとどめ常在化させることのないよう,口蹄疫の病性を理解し迅速,的確な対応をとる必要がある。」――“清浄国”でありつづけることと日本畜産業。清浄国であることにより、防疫上の必要を理由に、非清浄国からの畜産関係物の輸入禁止が国際的に許される。


人獣共通感染症連続講座 第116回 口蹄疫との共生〔山内一也, 2001/04/24〕|日本獣医学会
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/05_byouki/prion/pf116.htm
口蹄疫との共生/ 英国の屠畜場で〔2001年〕2月19日に発見された口蹄疫はオランダ、フランス、アイルランドでも発生しました。大量の家畜の殺処分で山は越したのか、最近ではあまり大きなニュースではなくなりつつあります。/ 私は著書「キラーウイルス感染症〔:逆襲する病原体とどう共存するか〕」〔双葉社(ふたばらいふ新書、2001年)〕の終わりを、根絶の世紀から共生の世紀でしめくくりました。今回の口蹄疫の発生は、まさにウイルスとの共生の問題を提示したものとみなせます。この視点を中心に口蹄疫の問題を眺めてみたいと思います。」
1.流行の原因ウイルス/ 口蹄疫ウイルスFoot-and-Mouth Disease Virusが正式名称ですが、米国ではHoofs and mouth diseaseという名前にこだわっている人が今でもいます。Foot(足)ではなくhoofs(蹄)に病変がでるためです。なお、なぜ、日本語で蹄口疫にならなかったのかという質問を受けたことがあります。確かに順番が逆です。いきさつはまったく分かりません。」――蹄と口。名称。
口蹄疫ウイルスには7つのタイプがあります。1922年に2つのタイプのウイルスが存在することが分かり、フランスのオアーズOiseで分離されていたウイルスがO、ドイツ(フランス語でAllemagne)での分離ウイルスがAと名付けられました。1926年に第3のタイプのウイルスが分離され、Oと AはいずれA, Bになるものと考え、それに続けるつもりでCと名付けられました。しかし、実際にはそうはならず、その後の分離ウイルスはSAT 1, 2, 3 (South Africa Territories)およびAsia 1となりました。/ これら7つのタイプはさらに65以上のサブタイプに分けられています。それらの解析を行っているのは、英国家畜衛生研究所(パーブライト支所)に設置された世界口蹄疫レファレンスセンターです。」――口蹄疫ウイルス分離の歴史。
「今回の原因ウイルスはO型に属します。このグループのウイルスはウイルスの被殻にあるVP-1遺伝子の比較から、Middle-East South Asia (ME-SA), South-east Asia (SEA), Europe-South America (Euro-SA), East Africa (EA), West Africa (WA), Cathay, Indonesia-1 (ISA-1), Indonesia-2 (ISA-2)という8つの地域タイプ(topotype)に分けられており、英国で発生したのはME-SA 地域タイプです。〔中略〕 2000年3月には日本と韓国に発生しました(本講座96,99)。日本での発生は幸い、宮崎県と北海道の3農場の牛に限られていました。家畜衛生試験場を中心とした多くの人たちの努力で5万以上の血清が調査され、感染が広がっていなかったことが確かめられた結果、昨年〔2000年〕9月末には国際獣疫事務局(OIE)から清浄国への復帰が認められました。/ このウイルスは2000年には南アフリカに広がりました。これは極東からの船の残飯が豚に与えられたためと推定されています。英国は南アフリカから肉を輸入しているため、これが原因ではないかとか、南アフリカからの飛行機の残飯を豚に与えたためとかうわさされています。/ ともかく、この〔O型のME-SA〕タイプのウイルスはこれまでの口蹄疫ウイルスにはみられない、すさまじい伝播力を持っているようです。」
2.口蹄疫対策の歴史/ 口蹄疫の発生は2000年前のギリシア・ローマ時代にすでにあったと想像されていますが、はっきりとした記述は1546年にイタリアのフラカストロFracastro が牛での発生を述べたものが最初とみなされています。その後、ヨーロッパでは牛の致死的ウイルス感染である牛疫の流行があったため、1886年までは口蹄疫についての記載はあまり見あたりません。/ その頃になり、口蹄疫が畜産の大きな脅威とみなされるようになり、ドイツ政府の命令で病原体の分離を試みたのがフリードリッヒ・レフラーFriedrich Loeffler とポール・フロッシュPaul Frosch で、1898年にウイルスの分離に成功しました。これはタバコモザイクウイルスとともに、ウイルス発見の第一号です。(本講座58回)」
「英国に口蹄疫が出現したのは1839年で、アルゼンチンから輸入した肉や乾草についてきたものと推測されています。19世紀には地方病として定着し、農民に大きな被害を与えてきました。そして1892年から発病した動物とその周辺のすべての動物を殺処分する方式(stamping out)が始まりました。/ ところが、1920年代に起きた発生では、殺処分対象の動物数が多くなりすぎて、順番が回ってくる前に回復する動物が出始めて、農民は殺処分に疑問を持つようになりました。殺処分するか、それとも口蹄疫と共存するかという議論が起こり、議会での投票の結果、わずかの差で殺処分が勝ったと伝えられています。これが現在まで続いているわけです。/ 1951〜52年の大流行では殺処分の費用が30億円に達しました。これが議会で取り上げられ、チャーチル首相がフランスのようにワクチン接種を中心に防疫を行った国の場合よりも、はるかに低い金額であると弁明したと伝えられています。」――全頭殺処分。スタンピング・アウト。
「1957年、OIEは口蹄疫予防のための国際条約を作り、これをきっかけとして殺処分方式が国際的に定着してきたとみなせます。/ 殺処分方式を最初に始めた英国は、徹底してワクチン接種を回避してきています。1967-68年の大流行では634,000頭〔63万4千頭〕が殺処分され、ワクチンは用いられませんでした。これに反してオランダは殺処分と発生地域周辺の動物へのワクチン接種(ring vaccination)を併用してきており、今回の発生でも早い時点でワクチン接種に踏み切っています。次に述べるように口蹄疫ワクチンの開発で中心的役割を果たしたのはオランダの研究者でした。そのような背景もかかわっているものと思います。」――ワクチン使用の文化的背景。推定、ではあるが。
3.ワクチンの開発」「しかし、現在のワクチンには次のようないくつかの問題があります。 (1)口蹄疫ウイルスには前に述べたように、7つの血清型があり、さらに多くのサブタイプがあるため、ワクチンは流行株に適合しなければ効果がありません時折、これまでのワクチンが効果を示さない新しいタイプのウイルスが出現することがあります。流行株に合致しないとワクチン効果が期待できない点はインフルエンザの場合と同様です。 (2)ワクチン接種した動物でも感染することがあります。その際には症状はほとんど出ませんが、動物はキャリアーになってウイルスを放出してほかの健康な動物に感染を広げることがあります。(3)不活化が不十分でウイルスがワクチンの中に生き残ってしまうことがあります。現実に1980年代にヨ ーロッパでこの事態が起きて、それ以来、ヨーロッパでは口蹄疫ワクチンの使用は完全に中止されました。ただし、現在の品質管理システムでは、このような事態が起こることはないと考えられます。 (4)もっとも重要な点自然感染とワクチン接種の区別ができないことです。そのため、本講座(96回)でご紹介したような血清調査による、口蹄疫清浄国の判定ができなくなります。」「その後は、殺処分という国際方式が存在している中でワクチン開発をしても企業利益にはつながらないために、〔民間〕企業によるワクチン開発はこの30年間ほとんど試みられていません。その間に〔口蹄疫以外の〕ほかのワクチンでは第2世代、第3世代ともいえる新しい技術が試みられていますが、口蹄疫は取り残されたわけです。一部の国立研究所でDNAワクチンやベクターワクチンなどの新しいワクチン開発の試みが細々と続けられているだけです。」――ワクチン開発の動機。口蹄疫ワクチン開発における民間企業による競争の不在。
4.マーカーワクチンの必要性/ 現在のように地球規模で物と人が移動する時代、これまでのように殺処分方式だけで清浄状態を保つことはますます困難になってきています。先に述べたような欠点を克服したワクチンを開発して予防する方式がいずれ必要になると考えられます。/ その際にとくに重要な点は、ワクチンになんらかの印し(マーカー)をつける工夫をして自然感染の場合と区別できるようにすることです。これは一般にマーカーワクチンと呼ばれるものです。/ これには検出しやすい別の蛋白遺伝子を加えるか、またはウイルス遺伝子のうち、免疫効果に関係のない部分を欠損させる方法があります。前者ならばワクチンを接種された動物で、その余分の蛋白に対する抗体が産生され、後者ならば、欠損させた蛋白に対する抗体はできません。これで自然感染と区別することができます。」「現実には、現行の不活化口蹄疫ワクチンから一部の蛋白部分(ウイルス粒子に含まれないところの非構成蛋白の部分)を除いたマーカーワクチンができてはいるようです。当面はこのワクチンでも大量殺処分を回避できることが期待されます。/ 新しいワクチン開発の技術を応用すれば、それよりも高い免疫力を持つ有効なワクチンの開発も可能と思います。口蹄疫ウイルスの侵入は起こりうるという前提で、動物を大量に殺すことなく、感染の広がりを阻止することを真剣に考える時代になっていると思います。ワクチン領域ではそれだけの技術進歩はすでに得られているはずです。」――マーカーワクチンの必要。自然感染による抗体とワクチンによる抗体。


▼beachmollusc ひむかのハマグリ : 口蹄疫ワクチンの問題点〔2010-05-20〕
http://beachmollu.exblog.jp/12672147/
「〔戦略ワクチンの使用法は〕リング・ワクチネーションと呼ばれ、外から内側に封じ込めることが原則となる。火事場の周辺の火種を取り除く、つまり「防火帯」を作る手法であるが、宮崎県でこれからやろうとしていることは、まさに泥縄で、火事場の真ん中に入って消火活動をやろうといった感じになるだろう。つまり、移動制限区域の半径10キロの円内では高密度のウイルスがエアロゾルになって飛散しているだろうし、川南から新富に飛び火したのが風で運ばれたエアロゾルだったとしたら、一気に10キロの拡散が起こっている。その中だけでワクチン接種と聞いてとても驚いたが、10から20キロの範囲では感染する可能性のある個体を通常の屠畜で取り除くという作戦のようだ。その感染の有無は遺伝子検査ではなくて「見なし」でなされるようである。万全を期して、買い上げて全部処理すれば殺処分と同じであるが、それではお金になる製品とならないで費用だけかさむから、やらないことにしたらしい。」――今回のワクチン使用の問題点については、岡本嘉六(鹿児島大学獣医公衆衛生学)氏の「口蹄疫情報」のページに詳しい。
「緊急ワクチンが接種された動物はキャリヤー(生きていながらウイルスをばら撒く)となるリスクもあって、いずれ殺処分が待っている。抗体の識別問題(ワクチンのものかどうか)は個体識別でわかるのと遺伝子マーカーがすでに〔ワクチンに〕付与されているらしいので、上の日本語総説〔村上洋介「口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について(総説)」〕で述べられた問題点の一部は軽減されている。」――「らしいので」という推定表現だが、マーカーワクチンはすでに開発されているらしい。
「さて、ワクチンによる防疫対策を緊急避難的に行うことが実際に機能するかどうか、今、諸外国の関係者は注意深く成り行きを見守っているだろう。ヨーロッパでは過去に似たようなことが行われたが、日本のようなやり方は多分初めてである。実験室では再現できない規模、状況で行われるので、その一部始終は今後の口蹄疫勃発対策の重要な情報となる。」


口蹄疫情報 Human Swine Influenza|岡本嘉六のページ
http://vetweb.agri.kagoshima-u.ac.jp/vetpub/Dr_Okamoto/Animal%20Health/MIyazaki2010.htm