ilyaのノート

いつかどこかでだれかのために。

ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「デイルマーク王国史」四部作〔2006.8〕

ダイアナ・ウィン・ジョーンズDiana Wynne Jones。デイルマーク王国史四部作(Dalemark Quartet)。創元推理文庫
○『詩人たちの旅 デイルマーク王国史1』(田村美佐子訳、2004年9月)。"Cart and Cwidder"(1975)
○『聖なる島々へ デイルマーク王国史2』(田村美佐子訳、2004年10月)。"Drowned Ammet"(1977)
○『呪文の織り手 デイルマーク王国史3』(三辺律子訳、2004年11月)。"The Spellcoats"(1979)
○『時の彼方の王冠 デイルマーク王国史4』(三辺律子訳、2005年3月)。"The Crown of Dalemark"(1993)


▽全4冊。原著のタイトル、発表年は上掲の通り。装画は4冊とも山野辺若。
▽ハイファンタジー。第三部『呪文の織り手』が白眉。
▽第一部は凡庸(読み進めるのが一苦労)。第二部に至り、ようやくジョーンズ一流のひねくれたキャラクター造型、子供の描写が光りはじめる。第三部は、織り物とテクスト、さらに書くことと読むことを多重写しにしてみせる精緻な傑作。これがジョーンズの「物語論」でもあるだろう。第四部は、第一部〜第三部をひとまとめに編み上げてみせる思い切った力業。デイルマーク・カルテットの名にふさわしく、四作の絡み合いを読む楽しみ。
▽真の名。予言(暗示)とその成就。

 →▼D.W.ジョーンズ公式サイト:Diana Wynne Jones Official Website
http://www.leemac.freeserve.co.uk/


▼第一部。ほとんど習作に近い手ざわり。ジョーンズのビブリオグラフィの中で、どのような位置づけにあるのか(起源の古い作品ではないか?)。旅芸人の主題。スパイ。圧倒的な力の保持者、虐殺者となること。
▼第二部。繰り返される呼称「ちいさいかた」(原語不詳)は、指輪物語を呼び出しているのか。「旅の仲間」もまた(そもそも「王の帰還」の主題からして)。海洋冒険物語。
▼第三部。傑作。川を下り、遡る旅。猫。像の移動の意味、四兄妹間の。宗教観。〈唯一の者〉〈不死なる者〉。〈川〉。魂の川(死者の道)。織物。語りの時制、過去から現在へ。言葉の力。魔術師。タナミルの質問、「わたしに質問をしなさい。きみたち一人ずつだ」(p.101)。タナミルの笛、音楽の力。タナミルと「風の谷のナウシカ」。真の名。書くことと書かれたもの。侵略者、ヒーザン。疎外、民族からの。疎外者による橋渡しは安易か。「民」、同胞、民族。母。魂の網。カンクリーディン(絶対悪の設定?)。
▼第四部。時間。前三部の伏線の回収、予言の成就が主題となるために、どうしても緊張感が続かない。とはいえ、微妙に肩すかしをくらわすような盛り上がらなさは興味深い。近代編、正当派ハイファンタジーからのズラしとしての。『トムは真夜中の庭で』。ジャンヌ・ダルク


▽各巻末に「デイルマーク用語集」。その方法論。書き手(用語集編纂者)の立場。とりわけ第三部の後ではそれが意識化される。そもそも、この用語集は各巻初版刊行時にすでに付されていたのだろうか(最初から全体が構想されていたのか?)。安易な“設定資料集”的なものとは決定的に異なるかたち。


▽宗教観。〈唯一の者〉。誰も神たることを主張していない、神を作り、神を縛る者(3-p.306f)。〈川〉。
▽真の名。名のもつ力。風の道=海。ケニング。予言としての名前。伝承の生成。
▽第四部。〈近代〉を甘く見すぎていないか。たしかに、基礎技術の存在は提示されているのだが(鉄砲、蒸気機関etc.)。あるいはイギリス人にとっての近代、なのか。
▽のどをかき切られた少女。第三部p.71、第四部。


▽ジョーンズの文体。ドラマチックなドラマの回避。手に汗握る展開、あるいは感動的な瞬間を生み出せそうな展開を意図的に回避しているとしか思えぬ(ex.第四部、王の宝器を手に入れるエピソードのつくり)。読後の“完結感”とでも言うべきものの拒否。「オチがわかる」ことと、ジョーンズを読む喜びは本質的な関係を有するか。
▽ジョーンズの描くキャラクターの特徴。たとえば凡庸な第一部でさえ、レニーナ(クレネンの妻)の造型と言動は、ジョーンズらしさをよく示している。身勝手さ。人間同士の反目を、人間関係の自然な(当然な)姿のひとつと見なすこと。個人主義。最終的にキャラがまるく(大人に)なってしまうことの是非、説得力(第四部)。ムーミン・シリーズにおけるキャラクター。
指輪物語以外の“本歌”は何か。


▽巻末解説。1巻より順に、沢村凛、松尾未来、粕谷知世、立原透耶。四部作成立の事情や過程、また翻訳の底本についての情報はない。
▽折り返しや巻頭に登場人物紹介があるのは頂けない。こういったものは巻末に置くべきだ(必要としない読者の目に入らない場所に)。