ilyaのノート

いつかどこかでだれかのために。

「同人誌と表現を考えるシンポジウム」@池袋豊島公会堂〔2007年5月19日〕

▼「同人誌と表現を考えるシンポジウム」
▽2007年5月19日(土)、13:30開場、13:40開始。豊島公会堂・未来座いけぶくろ。主催、「同人誌と表現を考える会」。後援、全国同人誌即売会連絡会、COMIC1準備会、日本同人誌印刷業組合。
▽二部構成。第一部「今、どうなっているのか? 〜現場からの発言〜」、第二部「どうすべきなのか 〜有識者討論〜」。警察庁「バーチャル社会のもたらす弊害から子供を守る研究会」の報告書で「同人誌」が取り上げられたことを受けての催し。
▽第一部・パネラー: 中村公彦コミティア実行委員長)、司会。武川優(日本同人誌印刷業組合、(株)緑陽社代表取締役)、鮎澤慎二郎((株)虎の穴)、川島国喜((株)メロンブックス)、市川孝一コミケット準備会共同代表、COMIC1準備会代表)、武田圭史(赤ブーブー通信社)。
▽第二部・パネラー: 坂田文彦(ガタケット事務局)、司会。斎藤環精神科医)、望月克也(松文館裁判弁護士)、伊藤剛(マンガ評論家、武蔵野美術大学講師)、藤本由香里(編集者、評論家)、三崎尚人(webサイト:同人誌生活文化総合研究所)、永山薫(マンガ評論家)。
 →▼全国同人誌即売会連絡会|「同人誌と表現を考えるシンポジウム」(2007年5月19日(土)開催予定) http://sokubaikairenrakukai.com/news070330.html


▽全体に、有意義なシンポジウムと言ってよい内容。有益。第一部の、局部修整をめぐる同人誌業界の多重チェック体制の存在が公に語られたのが最大の意義か。女性向け同人誌のワイセツ問題への意識の低さが語られたのも興味深い。
▽参加者多数。1階席、満員。2階席を開放。いくらか遅れて2階席に入ったFJ氏によれば、2階席もほぼ埋まっていたという。


▽同人誌の局部修整は作者、印刷所、即売会のネットワークによって、多段階でチェックされている。ある程度多重のチェックシステムが存在している。だが、ほとんど知られていない。外部へのアピール不足。見本誌提出の意味。
コミックマーケットコミケコミケット)の存在感。局部修整の“基準”提供者、検閲者としての。コミケット会場での頒布物はコミケット準備会代表(米澤嘉博市川孝一)が責任を負っているとのこと。(可否の判断に迷う見本誌は準備会代表のチェックに回される。決定責任は代表個人が負うことになる。)
▽同人誌印刷所とコミケット。修整に関する疑義はコミケットに照会する(できる)という。語られてこなかったのはなぜか? チェッカー。御墨付き。最終責任。コミケ帝国主義

▽年齢制限(成年指定)と猥褻性の問題。その区別。
▽女性向け同人作家の意識。ポルノグラフィという自己認識の有無。

▽奥付表示。印刷所からのコメントとして、デザイン上の理由からか、印刷所名の表示が減っている印象があるという(ex.URIなど欧文主体のデザインに日本語の印刷所名は入れにくい)。
▽印刷所としては、印刷所名を表示してほしいと洩らす。なぜ? MY氏曰く、表示しない場合、印刷者が(なんらかの後ろめたい理由があって)名前を隠している、と疑われうるからではないか。また宣伝効果。


▽「社会」なるものに対する認識。自己(おたく社会)と社会の関係性の像の歪み。社会通念。一般人。ポルノグラフィの社会的地位。
コミティア。ここ数年、局部修整に不足を感じる見本誌が増えている印象との発言。印刷所の修正基準が甘くなっているのではないかという。
▽第一部、同人誌専門店(とらのあなメロンブックス)の代表者もパネラーとして登壇。とらのあな代表者は、言語発音は明晰なものの、内容的には何も言っていないに等しい、しっぽをつかまれぬ語りが面白い。典型的な広報担当者と評すべきか。メロンブックス代表者は、とら担当者に比べ、もう少し踏み込んで語ってしまっている(ように見える)のが興味を惹く。
▽現代の「同人誌」なるものの評価。「文化的貢献」といった高尚な表現にはどうしても違和感を禁じえない。間違ってはいないのだが。(「同人誌神話」とでも呼ばれるべきもの。同人誌が何か素晴らしい、他に代え難い特別な表現ででもあるかのような語り。社会に接続するのなら、それがいったん疑われるべきだろう。)
▽商業誌が「コンビニ売り」と「専門店売り」に類別されていたが、区別されるべきは「コンビニ売り」と「成年指定」ではないのか? (18歳未満購入禁止の成年コミックは“専門店”以外の書店でも販売されている。)
斎藤環の指摘。ネットは自閉的に完結しうるメディア(二次元だけで満足している)なのではないか、それがむしろ今後の問題を生みうるのではないか。(この問題はおそらく笑い事ではすまない。)
▽発言のもつ射程、また差別的言辞。笑い事ではない発言に会場から笑いが起きている。発言者本人がその発言の秘める問題性(問題提起)に気づいていない場合もあれば、発言の秘める可能性の射程に観客が気づかず、表層的な笑いが起きている場合もある。また、単純に性差別的な発言がその差別性に気づかれぬまま笑いを惹起している。それについて誰もツッコミを入れない場の空気に、嫌悪感を覚えた。
▽日本同人誌印刷業組合に参加する印刷所29社が、同人誌印刷の80〜85%のシェアを占めている。
 →▼日本同人誌印刷業組合 http://www.doujin.gr.jp/


▼課題。
▽論点提示が不十分。「性表現」(しかも局部修整に限定された)と「ゾーニング」(というより「年齢制限の表示」)のみがイシューであったのだが、告知フライヤーでも会場においても意識的な提示がなされていない。
▽すなわち、問題がきわめて限定的なかたちで取り上げられているにもかかわらず、それが明示されていない。主催者の無意識だとすれば、あまりに足もとがおろそかで危うすぎる。意識的な沈黙、言い落としだとすれば、参集者に「同人誌業界は自主的な規制を十分に行っている」と誤った印象を与えており、むしろ危険。

▽シンポジウムは、公的な報告書において初めて「同人誌」が問題として取り上げられたことを受けて開催された(ことになっている)のだが、そのことの社会的意義、歴史的意義が十分に示されたとは言い難い。第二部で断片的に言及はされたものの、その全貌をとらえようという意欲は感じられない。「同人誌と表現を考える」というイベント名に負けている。


▽広義の性表現(局部修整以外の)、暴力表現、残酷表現その他の問題については言及せず。
▽なお、パロディ同人誌における著作権の問題については、論点から除外する旨、シンポジウム冒頭で告知されている。パロディ同人(とりわけグッズ類)という著作権侵害に限りなく近い商品が大きな市場規模を持ってしまっており、同人誌市場が公的な視線に把捉されるようになった以上、いずれ問題化せざるをえないだろう。


▽「ゾーニング」の問題が語られたことになっているが、実際には表紙での年齢制限の表示(いわゆる18禁表示)と、各サークルは即売会で18歳未満には販売しないようにしましょう(場合によっては身分証の提示を求めましょう)とアナウンスされたにすぎない。

▽即売会の現場で、成年向けゾーニングは、現実には、ほとんどなされていない。年齢指定を表紙に刷り込んだところで、販売時の区分陳列(すなわちゾーニング)がなされたことにはならない。
▽「区分陳列(ゾーニング)」は最後まで視野の外におかれたまま終了した。回収アンケートによる質問として、「即売会も専門店もゾーニングが不徹底なのではないか?」と端的な疑義も出されたが、パネラーから内容のある回答はなされなかった。つまりは問題から目をそらしたまま終わった。(実際に社会的問題としてスポットを浴びた場合、「これではゾーニングとは言えない」と一蹴されてしまうだろう。)
▽ただし、ガタケットの試みとして、成年向けサークルを“島”単位で配置するのではなく、通路で向かいあうように配置している例も紹介された。
▽参加者(参加資格)に年齢制限を設けた同人誌即売会はこれまでにあったか? その実現可能性如何。同人誌市場の維持に強い利害関係をもつ関係者が集まれば充分に可能だし、おそらくその必要性を認めるのではないか。
▽動機づけ。ビジネスとして同人誌を制作をしている者にとっての同人誌市場(巨大即売会)の存続の意義。かれらは、市場存続のために自主規制行動を起こす強い動機づけがある。MY氏曰く、「ゾーニングを個々のサークル(販売者)に求めるのは無理」。とすれば、販売空間を差別化することでゾーニングを担保、またアピールするしかあるまい。
▽表紙での年齢指定(成年指定)の表示も重要。しかし、一目瞭然でないような、読めないような表示では無意味。たとえば筆記体書体でAdult Onlyと目立たぬ位置に書き込まれていても有効な表示とは認められないだろう。


ワイセツ性の問題が(a)局部修整の問題と(b)購入者の年齢制限の問題に矮小化されている。現実的には、局部に修整を加えることで刑法175条によるワイセツ判断をほぼ回避できるのは間違いないが。
▽15禁(15歳未満購読禁止)などの効果、意味如何。


▽同人誌の修整基準は商業誌のそれよりも厳しい、といった発言があったが、その比較は妥当だろうか。商業誌との比較で、商業誌より厳重、だから大丈夫、といった発想はむしろ危ういのではないか。商業誌(販売)のおかれている環境と同人誌(販売)のおかれている環境の相違。また、問題となった際の責任の所在。
▽商業誌の修整基準と同人誌の修整基準を同じ土俵で比較するとなれば、責任もまた同様に負うことになるが、それではまずいのではないか。(単純な話、摘発された場合に個人サークルが警察庁、警視庁、都道府県庁、裁判所といった公機関相手に立ち回れるのか?)
▽根本的に、法に触れると判断された場合に何が起きるか、自分たちの同人誌がどんなリスクを負っているかを冷静に認識するのが先決。リスクを認識した上で危険を冒すのは自由だが、そもそもリスクに気づいていない同人誌制作者が多いのではないか。女性向け同人誌における“対岸の火事”的な意識が危険を孕むと危惧されるのもそのゆえだろう。(現実には時限爆弾を抱えているに等しいのだが、そのこと自体に気づいていない。爆発した場合には波紋は多方面に及ぶにもかかわらず。)


児童ポルノ禁止法(「児童買春・児童ポルノ処罰法」)に対する問題意識は分かりづらい。
▽マンガや絵画といった創作表現にまで規制が及ぶのが問題だ、という論点は理解できる(し同意できる)。だが、この法律における「児童」という言葉の指示対象が「18歳未満」を指していることを強調して問題視する動機はどうも理解できない。社会通念上の「児童」と法律言語上の「児童」が異なっていたところで、なにが問題なのだろうか。「児童」ではなく「未成年」の語を採用すべきだという話なのか? あるいは例えば「18歳以下ではなく15歳以下を処罰対象とすべきだ」という話なのか? それとも単に「みなさん勘違いしないようにしましょう」というアナウンスなのか?(あるいは児童保護を目的にしているはずが、それによって実質、援助交際処罰法になっている、といった話をしたいのか。)


▽第二部の標題に掲げられている「有識者」とは何者なのか。


▼メモ:
 →▼同人誌と表現を考えるシンポジウム:(1)アピール不足だったかもしれない──自主規制の現場 (1/5)〔2007年05月21日〕 - ITmedia News http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0705/21/news010.html
 →▼(リンク集)「同人誌と表現を考えるシンポジウム」レポートリンク集 - marya_hiの日記 http://d.hatena.ne.jp/marya_hi/20070520
 →▼同人誌と表現を考えるシンポジウム――論点整理のために - 博物士 http://d.hatena.ne.jp/genesis/20070519/p1
 →▼2007-05-19 - 実物日記 http://d.hatena.ne.jp/bullet/20070519


▽2007年8月23日逮捕
 →▼【わいせつ】わいせつ漫画販売でイラストレーター逮捕【同人誌】〔2007年8月24日〕: 弁護士山口貴士大いに語る http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2007/08/post_b87e.html