ilyaのノート

いつかどこかでだれかのために。

映画「ティトフ・ヴェレスに生まれて」(T.S.ミテフスカ)〔2008.11〕

▼「ティトフ・ヴェレスに生まれて」。2007年。マケドニア=フランス=ベルギー=スロヴェニア。102分。カラー。シネマスコープ1:2.35。マケドニア語。原題"I am from Titov Veles (Jas sum od Titov Veles)". ★★☆
▽スタッフ: 監督・脚本: テオナ・ストゥルガー・ミテフスカTeona Strugar MITEVSKA。撮影: ヴィルジニー・サン=マルタン Virginie Saint Martin。美術: ヴク・ミテフスキVuk Mitevski 、オリヴィエ・メイディンゲルOlivier Meidinger。編集: ジャック・ウィッタJacques Witta。音楽: オリビエ・サモイランOlivier Samouillan。
▽キャスト: アフロディタAfrodita(末妹): ラビナ・ミテフスカLabina Mitevska。サッフォーSafo(次姉): ニコリーナ・クジャカNikolina Kujaca。スラヴィカSlavica(長姉): アナ・コストフスカAna Kostovska。Aco: Kheudef Jashari。Victor: Peter Musevski。

▽ほぼ傑作。美事と言ってよい。すべてが絵になっている。もう一度観たい。観たいったら観たい。すべてを圧しひしぐ何ものか(それは「近代」と呼ばれるものか)。今年の東京フィルメックスでようやく出会えた、震えのくるフィルム。〔追記:いささか甘すぎる評価ではある。ただし、好作であることは間違いない。〕
▽工場に向かって歩むアフロディタのサイドショットからスタート。製鉄工場の鮮烈に赤い焔(cf.鉄西区)。街の中心に鎮座する怪物。煤煙。環境破壊。公害。汚染された空気(今日は臭いがきつい)。丘上の空気(母はここで遊べと言った。空気が汚染されていないから)。
▽丘(山)に四方を囲まれている。死にゆく街。未来のない街。街の名はティトーにちなむ。ユーゴ崩壊後の現在はヴェレスと呼ばれる。
▽査証。りんご。腐敗。街を出ることと国を出ること。ちりぢりになる家族。母の残した箪笥。テントウムシ。忍び込む病院。産婦人科。眠り。キッチンに吊られる飾り。浴場のタイル下に隠されるドラッグ。富の象徴としての電化製品(スロヴェニア製)。寓話。夢想家。
▽構図、人物配置、世界像、構造、色彩、映画のすべてが緻密に設計・計算されている。だが計算はそのままでは露呈せず、象徴を介し、映像を介し、詩情(ポエジー)へと変換されている。
▽監督、1975年、スコピエマケドニアの首都)生まれ。長編第2作。監督自身はマケドニアを「マセドニア」と発音しているように聞こえた。

▽第9回東京フィルメックス、特別招待作品。2008年11月30日(日)10:30-。終映後、舞台上ティーチインあり。いったん終了したあと、監督の希望で延長。あまり良かったので、ふわふわした気分でクロージング(「デルタ」)の当日券を購入。
http://www.filmex.net/2008/sakuhin/ss06.htm
▼I AM FROM TITOV VELES|Sisters and Brother Mitevski Production
http://www.sistersandbrothermitevski.com/AMfrom(home).html


▽エンディング。強烈な赤、紅。夢みるように。徹底的に救いはない、だが、絶望とは違う何か。消滅することで神話化する二人の姉妹。美のイデオロギー効果、なのか。身動きのとれないことからの解放。それが滅びだとしても。
▽母(遺された箪笥)との別れ。母国マケドニアとの別れ。転がり落ちる箪笥。アフロディタが閉じこもり、彼女を守ってくれた母の箪笥との訣別。丘上の夢。だが、彼女は丘を下らねばならない。
▽丘を目指し、坂道をのぼるアフロディタ。その映像が息を止めて見つめさせられるような力をもつのはなぜか。重量に拮抗する力。サッフォーから届けられた査証、予感される開放と独立へと向かう旅路。

▽喋ることをやめたアフロディタ27歳(処女)。彼女は言葉を失ったのではなく、自ら閉ざしている。モノローグ、ささやくような。外に開かれぬ、内側で閉じた言葉。この映画で、彼女はなぜ処女でなければならなかったか。家族をつなぐ存在。箪笥にこもる。アフロディタのまとうドレスの鮮やかな色、その変化。赤、グリーン。
▽妊娠(出産)への夢。子供とは未来のことか。幻想。産業生産物のように生まれ、即座に水中に没してゆく(死にゆく)赤ん坊たちのイメージ。そこから嬰児を救い出し、蘆原に分け入り、ここではない〈何処か〉への船路をたどるアフロディタ。未来への欲望。自らの失われた母を代理すること。
▽ヤク中の長姉。がっしりとした働き者。スラヴィカの純情、工場主もまたそうなのだろう(おそらくサッフォーと関係のあったにもかかわらず)。長姉の働く鉄工場。デモ。大気汚染をもたらす元凶、生活の資を与える神。破滅と富の源、それはティトーの、ユーゴスラヴィアの記憶につながる。社員食堂。父も働いていた。世界の中心。

▽エロティシズム。冒頭、観客の視線を誘惑するアフロディタのスカート。隠された部分。
▽外部。家族の家の外。マケドニアの外(母が去り、サッフォーが目指す)。箪笥の外。寝室の外。敷居。工場の街と丘の上。舟のゆく先(アフロディタの夢想)。
▽動かない固定のカメラワーク。監督曰く、影響を受けた監督を問われたら、アントニオーニ、ベルイマン小津安二郎と答えることにしているという。ワイドサイズの1対2.35比率のシネマスコープ画面(撮影監督の強い希望だったという)。

▽答えのないコンプレックス、複合感情を所与のものとして生きる人びと。重層性。断定できない世界。映像のもつふくらみ。

▽ティトー(チトー)Josip Broz Tito。近代の父。ユーゴスラヴィアという国家。監督はユーゴスラヴィア時代を知っている世代だという。なつかしさ。記憶。この映画は「ティトフ・ヴェレスに生まれてI am from Titov Veles」であって、「ヴェレスに生まれてI am from Veles」ではない。それは旧世代の物語を告示するのか。
▽次女のサッフォーは、工場主の伝手を使って査証を入手、隣国ギリシャへと出国する。母の去った国。ユーゴ崩壊、それはマケドニアに閉じられた国境を生み出したのだろうか。
ティーチインでは、ギリシャマケドニアの関係について監督に質問が出た。監督はアンビヴァレントな、なんとも複雑な内面をうかがわせる、しかも知性を感じさせる語りを示して説明していた。そういう場所に生を得ること。日本人にはおよそ縁遠い、複雑な国際関係に生きること(日本における嫌韓・嫌中など、しょせん子供のお遊びである)。
▼「マケドニア」は誰のものか? - Danas je lep dan.
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20081210/1228917365
▽「いつまでもいつまでも燻り続けるマケドニア国名問題について。」「マケドニア地域は,Wikipediaの地図辺りで確認して貰えばいいと思うけれど,現在のマケドニアユーゴスラヴィア共和国(FYROM)だけではなく,現ギリシア領のテッサロニキ(Θεσσαλονίκη)*2までをも含む広大な土地。山地ばかりのバルカン半島において,テッサロニキ周辺は貴重な港と平野だった。そして,そこには都合良く,どの「民族」に属するとも解釈できる住民たちがいた。/ バルカンにおけるネイション創出というのは,イメージで例えるなら様々な色の置かれたパレットを一色に染め上げようとする過程だ。セルビアブルガリアギリシアは,様々な手段を使って多様なエスニシティに「民族」としての自覚を持たせようとした。」


▼Sisters and Brother Mitevski Production〔公式サイト〕
http://www.sistersandbrothermitevski.com/
▼Kako Ubiv Svetec-Vuk Mitevski
http://vukmitevski.com/Set%20Design.html
▽美術セットデザイン(Production Design担当)、ヴク・ミテフスキのページ。Film Photo、Working Process Photo、Storybord/Animation のページあり。劇中、背景に現れる壁画類、古代ギリシャ地中海文明)を連想させる。また、たとえば赤ちゃん製造工程に現れる男の顔をいろどるメカニカルなギミック。

▼I AM FROM TITOV VELES - Insomnia World Sales
http://www.insomnia-sales.com/pro/fiche_pro.php?ID_Film=138
→プレスブック(ベルリン国際映画祭の際のものらしい)
http://www.insomnia-sales.com/admin/Documents/F138_183D_JESUISDETI_IAMFROMTIT.pdf
▼I'm from Titov Veles - Labina Mitevska, Teona S. Mitevska - Variety Profiles
http://www.variety.com/profiles/Film/main/190553/I+Am+From+Titov+Veles.html?dataSet=1
▽キャスト詳細あり。


YouTube - I am from Titov Veles
http://jp.youtube.com/watch?v=40BzdKLHPzE
YouTube - I am from Titov veles ext 1
http://jp.youtube.com/watch?v=yDV6fxRhTTA
▽映像断片。


▽感想リンク集:
▼第9回東京FILMeX - サブカルズ・インフェクティッド
http://blog.goo.ne.jp/ponyoak/e/89692e19b0c7cc6936ae0f0b4345c5ea
▼ティトフ・ヴェレスに生まれて(東京フィルメックス)|★試写会中毒★
http://ameblo.jp/misato-misato-78/entry-10171909779.html
▼気まぐれ映画日記:三人姉妹〜「ティトフ・ヴェレスに生まれて」 - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/scarlettvivi368497/archives/51477873.html
▼ティトフ・ヴェレスに生まれて(テオナ・ストゥルガー・ミテフスカ) - MOVE-i
http://d.hatena.ne.jp/kanji/20081130
▼日々是映画(ティトフ・ヴェレスに生まれて)
http://www.cinema-today.net/0811/27p.html
東京フィルメックス最終日「ディトフ・ヴェレスに生まれて」|ゆきがめのしねま&試写三昧
http://ameblo.jp/yukigame/entry-10171862018.html
▼かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY : 第9回東京フィルメックスの鑑賞メモ
http://latchodrom.exblog.jp/9016801
▼市民映画館をつくる会ブログ 東京特派員のフィルメックスレポート3
http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-271.html
▼環境汚染の街で夢見るヒロインの内面に迫った映像の力【東京フィルメックス】(@ぴあ)
http://news.pia.jp/pia/news.do?newsCd=200812010008
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081202-00000001-pia-ent
▼TOKYO FILMeX 2008 私のまとめ|CINEPHILIA〜映画愛好症〜
http://ameblo.jp/tombouctou/entry-10178002091.html
▼映画_「東京FILMEX」 - カズハル@インクコム
http://blog.goo.ne.jp/kazuharu_2002/e/6c2d5c3b4f375f596d0142feaf18bc28
▼瞳の快楽〜映画〜|11/30 第9回東京フィルメックス・8(最終日)
http://www.ka3.koalanet.ne.jp/~kawaseki/movie.html
▼2008-11-30 - 辣子辣嘴不辣心 小妹嘴甜心不真
http://d.hatena.ne.jp/baatmui/20081130
▼拾う神様: 十一月に観た映画・フィルメックス
http://lauda.air-nifty.com/blog/2008/11/post-d007.html
東京フィルメックス映画祭 - Windows Live
http://cid-cf8e965e7b688993.spaces.live.com/blog/cns!CF8E965E7B688993!959.entry